なぜ右手を掲げ瞳を閉じる?長崎平和記念像に隠された3つの衝撃の真相
長崎市松山町の平和公園に静かに鎮座し、年間を通して国内外から数多くの修学旅行生や観光客が訪れる青銅の巨像。一般に「平和記念像」の名で親しまれるこのモニュメントは、正式名称を「平和祈念像」と呼び、1945年8月9日の原爆投下から立ち上がった長崎の復興と世界恒久平和への祈りを一身に体現しています。
天を鋭く指差す右手、水平に伸ばされた左手、そして固く閉ざされた瞳――。その独特なフォルムには、作者である近代日本彫刻界の巨匠・北村西望(きたむらせいぼう)が注ぎ込んだ深い哲学と祈りのメッセージが刻まれています。制作から70年以上を経た現在もなお色褪せない造形の意図や、長年ネット上で議論を呼んできた「モデルの真相」、知られざる建立の歴史まで、一次資料と現地取材データをもとに徹底解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:天を指す右手は「原爆の脅威」、水平に伸ばした左手は「平穏・平和」、閉じた瞳は「原爆犠牲者への冥福と祈り」を象徴している。
- 要点2:彫刻家・北村西望は特定の人物単体をモデルにせず、複数人の筋肉美や自身の身体、神仏の概念を融合させて「神の愛と仏の慈悲」を具現化した。
- 要点3:正式名称は「平和祈念像」(祈りの意味を強調)であり、総工費約3,000万円(当時)は国内外からの温かい寄付金によって建立された。
【造形の核心】平和祈念像のポーズが語る右手・左手・閉じた瞳の意味
平和祈念像の前に立つと、まずその圧倒的な量感とダイナミックなポーズに視線が奪われます。北村西望自らが遺した言葉や長崎市の公式記録によると、各部位には明確な象徴的意味が込められています。
高く天に向けられた右手の人差し指は「天から振り下ろされた原爆の脅威・恐怖」を直截に示しています。核兵器という人類史上類を見ない惨禍を決して忘れてはならないという警告のサインです。対照的に、水平に静かに開かれた左手は「地上の安らぎ・平穏な平和」を表現しています。張り詰めた緊張感と穏やかな安息が、左右の腕の対比によって見事に一本の軸へと昇華されています。
そして、多くの来訪者が心打たれるのが、静かに目を閉じている理由です。西望の手記によれば、これは「原爆犠牲者の魂を慰め、冥福を祈る深い祈祷の境地」を表しています。目を開けて外の世界を睨みつけるのではなく、内なる祈りと慈悲に集中するために瞳を軽く閉じた表情が選ばれました。さらに、軽く折り曲げた右足は「瞑想と静止」、地面を強く踏みしめる左足は「いざという時に救済へ立ち上がる動的な力」を示し、静と動の調和が図られています。

平和祈念像の基本スペックと建立背景の比較データ
祈念像のスケールと建立にまつわる客観的データを整理しました。その巨大さと、戦後復興期の市民運動の熱量をデータから読み取ることができます。
| 項目 | 詳細・数値データ | 当時の基準・比較 | 編集部の見解・評価 |
|---|---|---|---|
| 像本体の高さ・重量 | 像高 9.7m / 重量 約30t(台座高 3.9m) | 鎌倉大仏(約11.3m)に匹敵する野外青銅巨像 | 台座を含めると全高約13.6mに達し、遠景からでも圧倒的な存在感を放つ設計。 |
| 総工費・資金源 | 約3,000万円(国内外からの全額寄付) | 昭和20年代後半の国家公務員初任給は約7,000〜8,000円 | 行政予算に頼らず、世界中からの平和を願う善意のみで完工された歴史的意義がある。 |
| 制作期間・完成年 | 1951年着工 〜 1955年8月完成(約4年) | 被爆10周年の平和祈念式典に合わせて除幕 | 北村西望は東京・井の頭公園のアトリエで粘土原型を制作し、分割鋳造で長崎へ搬送した。 |
| 名称の表記 | 正式名称:平和祈念像(通称:平和記念像) | 広島=「記念(記憶・追悼)」、長崎=「祈念(祈り)」 | 過去を心に留める「記念」を超え、未来へ平和を強く願う「祈念」の文字が意図的に採用された。 |
「モデルは誰なのか?」ネットの噂と彫刻家・北村西望の肉声
ネット掲示板やSNSでは長年、「プロレスラーの力道山がモデルではないか」「特定の外国人のボディビルダーを写生したのではないか」といった言説が飛び交ってきました。しかし、西望の自著や当時の制作日記を精査すると、真相は大きく異なります。
長崎県南高来郡(現・南島原市)出身の北村西望は、郷土への深い追悼と贖罪の思いを抱えながら本像の制作に挑みました。西望は「特定の民族や国家、宗教に偏らない人類普遍の象徴」を目指しました。そのため、顔立ちにはギリシャ彫刻の知性や西洋的な骨格を反映させつつ、柔らかな表情には東洋の仏象(仏性)を融合させています。
筋骨隆々とした肉体表現について、西望は「逞しい筋肉は、悪や破壊に打ち勝つ強靭な精神力の象徴である」と語っています。実際のアトリエ制作では、複数の日本人男性モデルを起用して筋肉の陰影や関節の張りをデッサンしたほか、当時70代を迎えていた西望自身が鏡の前でポーズを取り、自らの肉体の躍動感を像に投影したことが分かっています。特定の誰か一人をそのまま模したのではなく、西望が理想とした「神の愛と仏の慈悲を宿した超越的存在」が平和祈念像の正体です。

一般に知られていない盲点と「平和記念像」にまつわる誤解
平和祈念像を鑑賞・学習する際、一般の観光客が見落としがちな3つの重要ポイントがあります。
第1の盲点は、名称に込められた思想の相違です。 広島の平和記念公園・原爆死没者慰霊碑が「過ちを繰り返さない記念(歴史の記憶)」を前面に出しているのに対し、長崎の平和祈念像は「祈念(祈りを捧げ続ける意志)」という能動的な言葉を選びました。キリスト教文化が深く根付く長崎の風土と、世界に向けた普遍的な祈りがここに合流しています。
第2の盲点は、台座の裏に刻まれた作者の詩文です。 台座背面には北村西望自筆の「あの悪夢のような夜から…」で始まる祈念像建立の意図を綴った銘文板が設置されています。正面からの記念撮影だけで通り過ぎてしまう人が多いですが、西望がどのような心情で青銅と格闘したかを直接読み解くことができる最も重要な資料です。
第3の盲点は、背中側の美しさと構造美です。 西望は像の背面にある肩甲骨や背筋の隆起、台座との接地面のバランスに徹底的にこだわりました。正面の静謐な祈祷ポーズに対し、後背部は驚くほど躍動的で立体的な緊張感に満ちており、360度全方位から鑑賞して初めてその真価が理解できるよう設計されています。
【実態検証】現地取材で見えた長崎平和公園のリアルと見どころ
長崎平和公園(平和祈念像地区)を訪れる際、像単体を見るだけでなく、空間全体の動線と周辺施設を意識することで学びの解像度が劇的に上がります。
平和祈念像の正面には、左右に広がる「平和の泉」が配置されています。原爆の熱線によって体内の水分を奪われ、「水をください、水を…」と叫びながら命を落としていった犠牲者たちの魂に捧げるために造られた噴水です。泉の正面に立つと、噴水越しに平和祈念像が一直線に見通せるランドスケープ設計になっており、水と祈りが結びついた厳粛な空間演出を体感できます。
アクセス面では、長崎電気軌道(路面電車)の「平和公園」電停から徒歩約3分と至便です。公園内はバリアフリー化が進んでおり、エスカレーターで祈念像の建つ高台までスムーズに移動可能です。また、公園から徒歩数分の場所には「原爆落下中心地碑」や「長崎原爆資料館」が隣接しており、この3地点をセットで巡ることで、被爆の生々しい爪痕から祈念像が象徴する未来への再生に至る文脈を体系的に把握できます。
【プロの結論】長崎平和公園・平和祈念像の訪問に向いている人・慎重になるべき人の判断基準
【深く感話を受け取れる人】
- 単なる観光名所巡りではなく、歴史の文脈や彫刻作品に込められた造形思想を深く考察したい人
- 戦争と平和、核兵器廃絶という国際社会の普遍的課題について自分なりの視座を持ちたい人
- 近代日本彫刻のマスターピースとして、北村西望の記念碑的造形美を立体的に鑑賞したい人
【訪問にあたって心構え・工夫が必要な人】
- 「インスタ映え」や短時間の撮影スポットとしてのみ捉えている人(背景にある原爆の被害実態を知らないと像の真意が理解しづらい)
- 夏の猛暑期に歩行が多いスケジュールを組んでいる人(平和公園一帯は日陰が限られるため、体調管理と午前中の訪問計画が推奨される)

【平和 記念 像】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:平和記念像と平和祈念像はどちらが正しい呼び方ですか?
A1:長崎市松山町にある像の正式名称は「平和祈念像」です。ただし、一般のニュース報道や口頭表現では「平和記念像」と呼ばれることも多く、どちらを用いても同一の像を指す言葉として通じます。広島が「記念」、長崎が「祈念」を公称に用いる傾向があります。
Q2:平和祈念像の像本体はどこで作られたのですか?
A2:作者の北村西望が当時拠点としていた東京都武蔵野市(井の頭自然文化園内)のアトリエで巨大な粘土原型が制作されました。その後、青銅に鋳造されたパーツが船便や陸路で長崎へ運ばれ、現地で組み立てられました。
Q3:平和祈念像の右手の人差し指は何を意味していますか?
A3:天から落ちてきた「原爆の恐ろしさ・脅威」を指し示しています。二度と過ちを繰り返してはならないという警告のメッセージが込められています。
Q4:平和公園の見学所要時間はどれくらい見ておくべきですか?
A4:平和祈念像と平和の泉の鑑賞だけであれば約30分〜45分です。隣接する原爆落下中心地碑や長崎原爆資料館をじっくり見学する場合は、合計で2時間〜2時間半程度の時間を確保するのが理想的です。
まとめ:青銅の巨像が私たちに問いかけるもの
長崎の平和祈念像は、過去の凄惨な被爆の歴史を記録するだけのモニュメントではありません。天を指す右手で危機を告げ、水平の左手で平穏を保ち、静かな瞳で犠牲者を弔うその姿は、私たちがどのような姿勢で未来の平和を守り続けるべきかという永遠の問いを投げかけています。
彫刻家・北村西望が魂を削って形作られた造形美と、世界中から寄せられた復興の願い。現地を訪れる際は、ぜひ像の正面だけでなく背面に回り、静かに目を閉じた表情の奥にある祈りの深さをじっくりと確かめてみてください。 (出典: 平和 記念 像(Yahoo!ニュース))